佳日-かじつ-の日記

幸せになったことがないからこわい。でも、幸せになるためじゃなかったら、なんのために生きてるんだ! 複雑に考えがちな思いこみや常識について、ほんとうはどうだろう、と気づいたことをのせていきます。

スネていい。

 

びっくりした。

 

私、いまのいままでずっと、スネていた。

 

いろんなことがうまくいかなくて。

 

スネていた。

 

ごめん。自分。

 

スネているのを認めたくなくて、ずっと、自分がどう感じているか、から逃げていた。

 

知ってる。

 

どう感じていたほうがいいのか、知ってる。

ポジティブがいい。

世界を肯定的にみて

人に感謝して。

だって、この世は、ぜんぶ自分の内側の反射だから。

内側がかわらないと、外側が変わらないから。

 

だから、

 

肯定的、ポジティブ、感謝

 

そんな明るくて、素敵な内側…

 

そうじゃない自分を、ずっと、見ることができなかった。

 

正確には、そうじゃないって、認めたくなかったから、保留にしていた。

うん。大丈夫、ちょっと、いま本調子じゃないだけ。

すぐ戻るから。

 

もどったら、みるから。

 

そんな風に、自分の心からにげて。

 

結果的に、ずっと自分の心を無視していた。

 

子供のころに、親に、「あとでね」と言われて、そのままになってる。

その感じと似ている。

 

私は、自分の心に、「あとでね」と言って…本当にあとでみる気でいて、

 

でも子供にしてみたら、放っておかれるのは悲しいよね…

 

 

 

 

もし、私と同じような方がいるなら、

 

「いいんですよ」

 

と伝えたい。

 

「スネるのは、当たり前で、悪いことじゃありません」

 

「だって、いやなことがあったんでしょう?」

 

「それを、だれも助けられなくて、わかってもらえなくて、」

 

「辛くて、そして、現実が嫌で、スネたんでしょう」

 

「当たり前です。スネていい。あなたはなにも悪くない」

 

我慢しなくて、いいんです。

 

スネてる自分を、自分自身に出してもいいんです。

 

スネてるのを平気なふりして、「あとであとで」って、

「大丈夫、大丈夫」って、しなくていい。

 

スネていていいって、ムカついていていいって、

自分の内側の、ドロドロしたもの。

あっていい。

 

それは、自分が感じたくて、感じるような現実にしたんだ。自分が。

感じられて、よかったんだ。

 

でも、それと同時に、むちゃくちゃにムカついていい。怒っていい。

相手を責めてもいい。(自分の中で)

 

自分で仕組んで、相手にムカつくなんて、矛盾している。

 

だから、ダメだって、思っていた。

 

でもダメじゃない。ムカつくって、思っていい。というか、あいつムカつくって、感じるために現実化したんだから。筋が通っている。

 

常識で考えると、ネガティブなことを感じるためにわざわざ自分が現実を創ってるなんて、意味がわからない。

けれど、それが本当なんだから仕方ない。

 

だから、スネていていい。

自分の生まれを、(自分できめたのに)恨んでいい。

親にムカついていい。誰かを怒ってもいい。

(相手にそれを伝えるかはここでは想定しない。あくまで自分の内側でも本当の気持ちを隠してしまう癖がある私は、自分の中で感じ切ればいい)

 

そして、その感情は、感じ切ったら、消える。

 

スネたまま、その場に座り込んでた私は、そして、やっと先に進める。

 

スネたままなんて、もったいない。

せっかく産まれてきたんだから、もっと、立ち上がって、やりたいことを、楽しそうなことをやろう。

 

いま、やっと、そう思えた。