あとまわしのこと
あとまわしにしてしまうと、自分を責めてしまう。
あとまわしについて、ずっと、苦しんできた。
少し解決が見えたので、覚え書き。
私は、急かされると、焦ってできない。
なんでもすぐに焦ってしまう。
というのは、他人の目が気になっているからだと思う。(今回この件はこの時点では置いておく)
メンターの方から、早くやりなさい、と言われ、できなかったり、それで自分をせめたり、ゆっくりでいいと言われ、はやくやれって言ったじゃん、意味がわからない…とごちゃごちゃしていた。
そこの把握をとらえなおすことができた。
まず。
ゆっくりでいい。
ということが第一。
自分を焦らせてはいけない。自分のペースで大丈夫。
絶対に遅いことはない。
これが第一。
そして、「はやくやれ」ということの内容は。
「現実として直面している(現実として起こっている)ことをきちんと知る」
ということ。
いつも理由をつけて、ソレから逃げてしまう。
逃げてはいけない。
自分の現実、なのだから。
ソレを知って、変えたいかどうか、どう思うか、を自分の魂にそって決めて、そして、より良い未来をつくっていかなくてはならない。
はやくやれ、というのは、逃げないでちゃんと知りなさい。
ということ。
知らないまま、逃げたままでいると。
変えたい現実がわからない。変えたくないのかもわからない。自分がどうしたいかも分からない。
ただ、焦る。
自分を困らせることになる。
取り組むのは、ゆっくり、自分のペースでいい。
でも、起きている現実(自分がどんな観念をもって世界を反射しているか)を知ることから、逃げてはいけない。
…無闇に自分を焦らせて、オトしてしまう。
現実を知るのは、勇気がいる。
(なぜ勇気がいる、かは説明が要るだろうけれど、ここでは多分長くなるので記さない。)
現実を知るのは、こわい。
…知らないから知るに変わるから怖いのかもしれない。
でも本当の本当は、知るのは怖くない。
これは、洗脳かもしれない。
知らない方がこわいのに。おかしい。
あとまわし。
自分に優しく、するために。
ゆっくり、マイペースで、やらせてあげるために。
知ること、まずとりくみ、行動すること、から逃げない。
こわいけど、勇気をもって。
こわいと思うのは、思いこみだから。
大丈夫。
私は、できるから。