佳日-かじつ-の日記

幸せになったことがないからこわい。でも、幸せになるためじゃなかったら、なんのために生きてるんだ! 複雑に考えがちな思いこみや常識について、ほんとうはどうだろう、と気づいたことをのせていきます。

映画『ティファニーで朝食を』ネタバレ感想

ティファニーで朝食を』の映画を初めてみた。

 


感動した。

 


主人公は、ものすごい闇を抱えた女性。(19歳らしい)

 


小さい頃、兄と2人で行き場がないところを獣医で農家の男性に助けてもらう。

 


兄はもしかしたら、障害者なのかもしれない。生活能力がない人物のようである。

 


農家の男性はとてもいい人で奥さんをなくし、4人の娘と共に暮らしていた。

 


そして、ある日、14歳の主人公に求婚します。

 


主人公は快諾した、と夫が言います。

 


14歳の少女の主人公はこの時どんな気持ちだったか、明確には語られていません。

 


家事は、前妻の4人の娘たちがやっていて、少女自身は自由にしていた、と夫は語っています。

 


しかし、彼女は唯一の肉親の兄が軍隊へいってしまったあと、この家から逃げ出します。

 


…映画に出てきた夫はとてもいい人でした。

けれど、14歳の主人公の立場からすると、きっとそこに居場所がなかったのだと想像します。

農場のまわりは見渡すかぎりなにもないのでしょう。

 


そこにてきぱき働く4人の前妻の娘たち。

 


彼女は生きる為に、結婚を選択するしかなかったのだと思う。

 


けれど、そこにそのまま留まるほど、彼女は自分に不正直な人間じゃなかった。

 


彼女はもっと自由に生きたかったのだ。

 


…農家の男性は、彼女のその野性味こそ、愛していたようだった。

それが嫌だ、と彼女は言っていた。

 


「あなたは野生動物に名前をつけて愛す」

それはしてはいけない。

野生動物には名前をつけてはいけない。

 


と彼女は言います。

 


彼女は、自由になるために、名前をルナメイからホリーと変えてひとりでニューヨークにでてきます。

 


彼女は、娼婦、女優、檻の中にいる麻薬売人のボスと会ってメッセンジャー的なことをしたり、その美貌で男性に色々と援助をしてもらって生活しています。

 


その生き方はまさに野良猫。

善悪もなく、

特定のねぐらを持たずに、あっちで餌をもらい、こっちの家で寝ている。

とても自由に生きているように見えます。

 


けれど、映画冒頭で(原作にはないシーンらしい)ティファニーの店を覗き込みながら、ひとりでコーヒーとパンを食べている彼女は、とてもとても孤独です。

 


彼女がティファニーに行くのはブルーな気分でなく、赤い気分になった時。

 


赤い気分は14歳の時のルナメイの頃の気分だ、と言っています。

 


彼女自身はそう言っていなかったと思いますが、それは、誰にも本当には愛されていないと感じる孤独なのか、と思います。

 


…いや、彼女が誰をも愛せない、のだ。きっと。

 


そう。彼女はきっと、夫のことを感謝していたし好きだった。けれど、男性として愛してはいなかった。しかし生きる為に、そう偽ったのだ。

 


彼女はきっと、誰かを愛したかったのだと思う。

 


けれど、同時に、愛することは、彼女が夫にされたように、相手の自由を奪うことになるのでは、と恐れていたのだと思います。

 


だから、自分の部屋にいる猫に対しても、「私はあなたを愛していない」という態度として、名前をつけない、所有しない、と言っているのだと思う。

 


そう、彼女は、「誰かを愛することは、自由じゃなくしてしまうこと」という観念を持っている。

 


だから、誰にも愛されないように生きている。

だから、お金持ちに美貌で取り入って、愛はないけれど、自由な結婚をしようとしている。

 

 

 

 

 

 

けれど、ここに、彼女を愛する青年ポールが登場する。

 


彼は、小説を1作書いたあと売れない小説家で、お金持ちの奥様と不倫関係のヒモ。

その奥様のお金でホリーと同じマンションに引っ越してきます。

 


彼は彼女の自由なところ、自分の素直なところに惹かれていったのだと思います。

 


彼女がどうあろうと芯を通して自由に生きようとする強さに。

 


けれど、彼女が独りぼっちで生きようとすること、誰も愛そうとしないこと、は違う、と彼は隣でみて気がついたのです。

 


彼は彼女を愛した。

だから、彼女にも自分を愛して欲しかった。

 

 

 

*彼女には唯一の肉親の兄フレッドがいる。彼は軍隊にいる。

ポールはフレッドど似ているらしく、彼女はポールをフレッドと呼んでいる。つまり彼は兄の代わりなのだ。

 


彼女と夫が別れるとき、

 


もう14歳の時の私じゃないと彼女は夫に言って別れた。

 


でもその後本当はまだ変わっていないと、告白する彼女を、ポールは支えたいと思ったんだと思う。

 


しかし、酔った彼女が言った次の目標は兄と暮らすためにお金がいるから、自分が玉の輿にのる、というもの。

 


分かり合えない彼女から彼は離れる。

 

 

 

 


ポールは短編小説が売れて原稿料を手に入れる。新聞をみると彼女が狙っていた金持ちが他の女と結婚していた。

 


上手くいっていない彼女と仲直りしてやろうと彼は彼女を訪ねる。

 


彼女は狙っていた金持ちが借金まみれだったことを知っていたので、落ち込んでいないような様子だった。

 


そこでふたりは仲直りし、彼の仕事の成功を祝って、初めてデートにでかける。

そこでふたりは楽しい時間を過ごし、彼は彼女と愛し合えたと感じた。

 

 

 

彼は、自分の世話をしてもらっていた奥様と別れ、彼女に会いにいく。

 


しかし、彼女にはなかなか会えない。

 


やっと会えた彼女は、図書館にいた。今度はまた別の金持ちと関係をすすめている、また愛のない結婚をしようとしているホリーに、愛し合ったと思ったのは勘違いだった、と彼女から去る彼。

 


自分はポールでフレッド(兄)ではない、と宣言する。

その当の兄は、電報で事故死が知らされる。

悲しみにうちひしがれる彼女を寝かせたのは一緒にいた金持ちのホセではなく、彼だった。

 


しかし彼はそのまま彼女と距離をおいた。

 

 

 

しばらく後に彼女は苦労して彼と連絡をつけ、彼を自分の部屋によんだ。

 


彼は彼女が変わったのか、と期待を持って逢いに来た。

 


しかし彼女は変わっていなかった。必死に彼を呼びながら、しかし、自分はいま幸せで、ホセと結婚するために南アメリカに行くという。

 


彼女は変わらず、愛のない結婚と自由を求め、そしてそれを掴みそうだ、という。

 

 

 

良いところも悪いところも変わらない彼女を、変わらず彼は好きだった。

 


分かり合えない悲しさを持ちながらも、楽しい食事から帰ってくると二人とも急に警察に捕まってしまう。

 


彼女が麻薬売人のメッセンジャーとして関係していたことで逮捕されてしまったのだ。

 


彼女は、保釈金を払ってもらい、釈放される。

その段取りをとったのはやはり彼だった。

 


迎えにきた彼と共にタクシーにのる彼女。

 


しかし彼女はまだ変わっていなかった。

 


自分の引き起こしたことを、助けてもらい、こんなにまわりに愛されているのに。

 


金持ちとの結婚を諦めていなかった。

 


タクシーを空港に向かわせようとする彼女。

 

 

 

みかねた彼が、金持ちのホセから、警察沙汰になった彼女とは、地位のある身なのでもう一緒にいられない、との手紙をみせられても、それでも外国へいって、玉の輿にのってみせる、という彼女。

 


猫を「野生だからどこだって生きていける」と雨の中に放り出してしまう彼女。

 


どうしても自分を愛さない、愛のない結婚を望む彼女に彼は、渡す予定の指輪を放り出してタクシーをおります。

 


その指輪は、おもちゃの指輪にティファニーで記念になるから、とお願いして名前をいれてもらった、ふたりの初めてのデートでつくったものでした。

 


普通そんなことは出来ません。彼女は外からティファニーの店内をながめていただけでした。彼はティファニーにはいろうともしなかったでしょう。

けれど、ふたりではいったティファニーのお店で、ふたりだったから、お願いして、出来上がった唯一無二の指輪です。

 


それをはめた彼女は、やっと自分が愛されていること、

 


自分が彼を愛していることを認めることができたのだと思います。

 


彼女はタクシーから降り、気丈にふるまうため、ずっと自分の気持ちから目をそらすために吸っていたタバコを勢いよく捨てます。

 


そこで、猫を探しに居てくれた彼と再び出会います。

 


彼女は、猫を探します。

やっと、彼女は自分が猫も愛していたことに、気がついたのです。

猫を探す彼女はこの時きっと名前で呼びたい、と心から思ったと思います。

 


そこで、すぐ足もとの木箱から猫がみつかります。

 


映画ではここでハッピーエンド。

 


…自分への愛に気がつく、素敵な映画だと思いました。