仮に。未知との遭遇
猫のドキュメント映画で、「猫と人間とのコミュニケーションは宇宙人と友達になるような感覚に似ている」と、言っていた。
お互いの言語は話せないけど、意思疎通はできる。
自分とはまったく異なる生命体と出会って、
言語とは違うあらたな方法で会話をはじめるのよ。
ここで、本当に猫が地球上ではなくどこかの宇宙からきた生命体だったらどうか。
と、想像してみた。
はるかむかし。
猫の祖先は宇宙からきた。
そして、いま。
人間と猫は共生している。
…人間は宇宙生命体と交流していることになるが、そこに恐怖はない。
逆のパターンも想像してみる。
人間が宇宙からきた、と。
漫画、仙界伝封神演義を読んで、びっくりしたことを思いだす。
人間は、女媧(ジョカ。どうみても宇宙人)が大地からこねこねしてつくったのだと。
人間は宇宙人がつくったのだという可能性。
宇宙人に作られた人間と、猫の交流…。
言語も違う、身体も違う。
しゃべって踊れる猫の漫画、みかん絵日記で、主人公の男の子のお母さんが、「みかんちゃんの緑色の目には違う世界がみえているんじゃないかしら」というようなことを言っていて、
そうか、ひとりひとり、見えているものは違うのか。とハッとしたことも思いだす。
それは猫と人だって、人と人だって同じだけれど。
見えている世界も違うのだ。
…けれど、その交流に、癒されることがある。
例えば、人間が宇宙からきた生命体だったからといって。
例えば、猫が宇宙からきた生命体だったからといって。
言語も身体も違うからといって。
意思疎通はできる。
わかりあって、共生することはできる。
……、なんだ。宇宙人とだって、交流できるじゃないか。
って思った。